戦士と兵士の違いにみる、僕たちの戦う意味(喧嘩してはいけない理由)

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こんなタイトルでブログを始めていますが、まず、戦ってはいけないこれだけの理由。というお題目で色々な先人の言葉から、いかに戦ってはいけないかという論を展開しようと思います 笑。というのも、ただでさえ争いの火種が多いのにさらに争うのか、と辟易している部分があるのと、僕自身が基本的にのほほんと生きたい人間ですので。

まず、強い人は基本、争いをしません。「金持ち喧嘩せず」の格言通り、お金持ちも基本は喧嘩しません。なぜかというと、争わずして勝つ方法を心得ているからです。

「武士道の極意は戦わずして勝つこと」と新渡戸稲造の「武士道」にもありますが、本当に強い人は争ってカタチの上での強さを見せつけなくても、ふるまいのスキの無さや佇まいなどから強さを見せる事が可能なんです。

実際、本当に強い人って相対した瞬間にすでに勝ってたりします。相手もその瞬間に負けを悟ります。これは、別に斬り合いだけのお話ではなく、ビジネスなどの交渉の席、カジュアルな場所でも同様のことが言えますよね。

この相手のチカラを測る感覚はみんな持っていますが、この情報過多の時代ですのでこの感覚が判別つかない方も多いかと思います。だからこそ、妙な争いや勝ち負けのある交渉は冷静に考えるべきかなと思います。

逆に格上であればあるほど、格下を完全に把握できていますので、分からないうちは尚更極力争いを避け、争いに使わないで節約したチカラを貯めていくべきかと思います(パワーの貯め方はこちらに書いています!)。

それでも不必要で不毛な争いに巻き込まれそうであれば、逃げましょう 笑。前のブログにも書きましたがマイケルジャクソンも「beat it(逃げろ)」って言ってますしね。

僕の人生をある意味変えた人は「協調と競争の感覚が大事だ」と言っていました。前、ご紹介させていただいたTHA BLUE HERBのリリックで「それぞれ選ぶ道の完全を競え」という一節もあります。芸能人格付けチェックで40連勝以上しているGacktさんは「自分のライバルは、去年の自分だ」と言っています。実際一流(格上)の方ってそんな感じなんでしょうね。

で、そうは言っても弱肉強食の世界に生きている僕らには、やはり争いは避けて通れる問題でもない訳なのであって、個人や集団での自存自衛のスキルは磨き上げるに越した事はないです。ここで表題の僕たちの戦う意味の話になるんですが。。

戦う意味って人それぞれですよね。ところで、あなたの戦う理由ってどんな理由でしょうか? 好きな人を守る為でしょうか? 自身の信念を貫く為? 生き延びるため? 多分どれでも間違ってないと思います。

でも、何か明確な軸があるほうが気持ちもブレなくていいですよね。

因みに、兵士(ソルジャー)と戦士(ファイター)。共に戦いのプロとしての職業や称号の事ですが、その有り様には明確な違いがあったりします。その違いって何だか分かりますか?

それは戦う理由の所在です。兵士は戦う理由を国や組織から与えられるのに対し、戦士は自らの意志で戦うのです。言い換えると戦う意思が内にあるか外にあるかの違いでもあります。また兵士は主に他の組織や人との戦いであるのに対し、戦士であるというのは自身との戦い、孤独との戦いでもあります。

ここではその戦う理由の良し悪しを言うつもりは有りません。寧ろ人それぞれ違うから良い訳ですし、各々突き詰めていくものでもありますしね。

ただ、隣人が拳を振り上げているから自分も振り上げる。という事の無きよう、其々の戦う意味は其々の胸に刻み込むべきかも知れません。それに戦わない事も勇気なんです。

ひ弱に育ってしまった僕らに対して、一人ひとりが戦士であれというのは酷な事なのかも、と思います。が、自立した人が増えると世の中はどんどん楽しくなると僕は信じています。

最後に宮本武蔵が読んだと言われる句を紹介しておきます。この方は剣術を極めた方ですが、その奥義は大自然から学んでいました。句の意味は後の人の解釈がそれぞれありますので、それを参考に色々想いを馳せると楽しいと思います。

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切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ
踏み込みゆけば あとは極楽

では。